父のことーこれで最後

よく考えたら、父が寝付いた時間は短かかった。二月までは一人で杖をつきながら歩いて、普通の食事をとっていた。四月に肛門の手術をしてからあやしくなり、5月の母の日に入院してから、とうとう施設に帰れなかった。

私が一番大変だったのは、病院に入院して退院できれば問題ないのだけれど、父のように状態が悪くても、もうその病院で有効な手立てがない場合、どこか他の病院か施設か自宅に移らなければいけないことだ。

医師や相談員の方と何度も何度も面接して、行き先を決める。容態が変わることもあるので、看護師さん達とも連絡をとっていかなければならない。施設の方もいつ帰ってくるのかと心配して下さっているので、報告しなければならない。今回父と同時に母も8月からおかしくなり入院になったので、一番暑かった7月、そして雨の多かった8月と父の転院、母の入退院に付き合った。

お花を色々な方から沢山頂ました。感謝です。

そして病院に入っても、転科と言って部屋が変わったりする。また、最期になると、個室になるので、また部屋が変わる。これは看護師さんが全部してくれるので、手間はかからなかったが、どうしても個室は差額ベッド代が高いので時期をよく考えなければならない。

後は、下着と靴下の交換のため、持って帰って洗濯して持っていく。退去した施設からの引越し。これがばかにならない。ソファー、車椅子、サイドボード、衣類、布団、他細々とした物。仕分けして業者を呼んだり、リサイクルショップに持って行ったり、施設でひきとってもらったり。

帰ってからも母の膨大な衣類の仕分け、整理。父の衣類も同じように。これらをしたのが全て夏の暑い時。よくもったな、と思ったけれど、昨日お嫁さんから衝撃的な発言が。。。「お母さん、夏が一番太っていましたね。」!!!

父よ、母よ、丈夫な体に生んでくれて有難う。そして気功師になっていて良かったです。それにしても、患者本人にも家族にも大変な負担がかかる「移動」なんとかならないものかと感じた。

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