オセロゲームの行方ー小保方さんの場合

STAP細胞をめぐる論議がかしましい。存在するか、しないかで天と地に分かれる。門外漢なので、専門的なことにとやかくいうつもりはないが第三者的に感じたことを書いておこうと思う。

一つは今のマスコミの現状。この問題に関して全て同じ視点から見るので(或る週刊誌は無理に男女間の愛情問題として取り上げていたけれど、これは論外)小保方さんは白か黒になり、黒となるとオセロの様にパタパタと黒一色になっていく。 確かに責任を全て個人に帰し、「悪いことをした人」と決め付ければ関係した研究者、組織は安泰だろう。しかし例えば会社の組織で課長が取り返しのつかないミスをしたとして、部長や社長が外に向かって「悪いのはこの課長です。今から調べるのです。」というだろうか?見飽きたけれど責任者が組織の責任として並んで頭を下げるのがやはり普通ではないだろうか。

もう一つは早稲田理工の不思議。「博士論文を調べなおして、不正があった場合、学位の取り消しも検討する」ってそういう論文を指導して通したのは他ならぬ「あなた」ではありませんか?新聞に大学院に行く人が多くなりきちんとした指導ができなくなった、と書いてあったけれど、全くの本末転倒。小保方さんはコピペを良し、とする学問的環境で育った犠牲者なのかもしれない。

野に咲く花は大我の心

野に咲く花は大我の心

学問の府としての矜持はなくなってしまったのか。学問に必要なのは、ガリレオやブルーノのように、真実をみつめて戦った真摯な態度であることをもう一度思い出して、学校ごと出直してほしい。大事な母校なので尚更そう願う。

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