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納骨の話ー母の場合ー

この前も書いたけれど、1月6日に母が亡くなり、1月20日に伯母が亡くなった。そして母の49日の法要を2月25日、豊橋で行なった。この時は伯母のお葬式に参列したので、どうして骨壷がお墓に入らないか謎がとけていた。名古屋方面では、荼毘にふしたお骨を全部を骨壷に入れないで、大事な(と思われている)お骨を三つに分けて、それぞれ小さな骨壷に入れる。一つ一つは手のひらサイズ。この大きさだと、うちのお墓にも余裕で入る。

わかっていたので、今度は布にお骨を包んだ状態でお墓に入れようと始めから思っていた。ところが。。。今度はなんとその布がない。いきなりお骨が入っている状態。住職も慌てられて、「どなたか小さな風呂敷を持っていませんか?」と声をかけた。実は家を出る時、ハンカチが気になり、迷った末、小さめのを持ってきてしまったので、困った、と思った時、名古屋から来てくれていた従姉妹が「これでいいですか?」と花柄の綺麗な小さめの風呂敷を出してくださった。「それで大丈夫でしょう。」と住職も安堵の色を浮かべられ、丁度お骨も収まって、事なきを得た。風呂敷を下さった方も、「叔母さま、おしゃれだったから、白い布よりこちらの方が良かったのね。」と言ってくれた。

「風呂敷、帰ったら見つけてお返ししますね。」と言ったら、「あれは通販の物を頼んだ時、サービスでついてきたものだから、気にしないでね。」と気を遣って下さったので、では、法要の時に出したお菓子を美味しい!と言ってくれたので、それと、紅茶をセットにしてお返しとすることにした。

菜の花の咲く季節になりました。人がいなくなっても季節は巡ります。

東京に戻って、早速まず、紅茶専門店に行った。ぐるりと見ていると、そこに丁度、頂いたのと同じ大きさの和柄の風呂敷が!!!このお店で始めて見た。「えっ、何故ここにこんな物が置いてあるんですか?」と聞くと「そうなんです。季節限定で今だけです。」というお返事。あっ、母だ、母が「ちゃんとお返ししなさい。」と言ってる、そう確信した。それにしても紅茶と言うと、明らかに洋のもの。そこに和柄の風呂敷が置いてあるなんて誰が想像するだろう。最後まで母らしい演出の様な気がして、寂しいはずの49日が思い出深いものに変わった。

又、お会うね

よく頑張ったね、八年間も。その間も人に対する優しさ忘れなかった。それってなかなかできないよ。私が小学校PTAの代表している時も、一生懸命フォローしてくれて有難う。妬みも嫉みも持たない純朴な魂の持ち主で、貴重な貴重な友でした。奄美大島出身で裏表なく、それでいてはっとさせられるpoint突いたことおっしゃって、あなたとの会話は本当に楽しかった。

あなたの分まで生きるとは言いません。だってあなたはあなたの生を生ききったから。三人のお子さん、素直で立派に育ちましたね。お母さんに対する思い、痛い程伝わってきました。子育ては大変な仕事。いいお仕事なさいました。

幸い私は向こうの世界の存在を信じるものです。だからあなたはこの世から去っても、向こうの世界に行っただけ。私も懸命に生き、胸をはっていずれそちらにいきます。そしたら必ず会いましょう。会ってこちらでした様に、楽しい話や世間話に花を咲かせましょう。又会う日まで、大事な友達。

突然の訃報

大事な友達が今日明け方亡くなっていたことが午後わかりました。富士でその方に「私の心はいつもあなたに寄り添っています。」とお手紙書いてお土産も買い、送ろうとして(近所だから持っていこう)と思い直して、今日持っていって知りました。ぼう然とする私に、お嬢さんが「母は冨田さんに会いたかったから呼んだのですね」と言われました。

「私のためだけにピアノを弾いてほしい。『エリーゼのために』を。それから『月の砂漠』も歌って。」と言われ三年前のクリスマスの日にお嬢さんと来て頂きました。ささやかな音楽会を開き、お茶を飲んだりケーキも食べて「嬉しかった。又やって」と言われたのにそのままになってしまいました。ごめんね。ピアノを弾く時は「この曲はあなたのためだけに弾くから聞いていてね。」と時々言いますね。私もいずれ逝くわけだから、又そちらで会いましょう。よく頑張って生きてこられました。安らかにお眠りください。  合掌。