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三男との会話

三日前のこと。朝、華々しく私と喧嘩した三男が帰ってきた夜の会話。帰ってくるなり「今日は本当に、暑かったな。」と言うのが聞こえた。私は「いやー、本当に暑かったわね。おや、久し振りに意見が合ったじゃない。」と友好の手を差し伸べた。なのに「意見なんか合っちゃいねーよ。俺は『今日は蒸し暑かったな。』と言ったんだ。」と無粋にも返してきた。

六月は紫系の花が目立つ

六月は紫系の花が目立つ

いやはや、いつになったら「おこちゃま」から昇格するのやら。でも彼は外に出ると豹変し、いつか人前でしたスピーチは堂に入ったものだった。喧嘩もこんな会話も彼が家にいるうちだけのことだろう、と思うと、ま、いいかと言い返さない母だった。

良い教育とは?

今日の新聞に「所得の多い家庭の子どものほうが、よりよい教育を受けられる傾向」を「やむをえない」と答えた人が半数を上回った(52.8%)とあり、考えこんでしまった。お金をかければ得られる良い教育とは高い塾、有名私立、お稽古事かな。確かに得られるものは多いだろう。もし芸術系に才能があれば、お金をつぎ込んで才能を開花させるのも悪くない。

春、間近

春、間近

でも教育の目的が、子どもが精神的に自立して、社会に適応し、個性に応じた活躍ができるようにすることだということを思い出せば、まず人格形成、それにコミュニケーション能力が大切な要素ということがわかる。これはお金をかければ得られるものではないし、お金がなければ出来ないということでもない。案外ここら辺に教育の「希望」があるのかもしれない。

昨日の続き

昨日、昭和記念公園でよく子供を遊ばせたことを書いた。当時、ぎりぎりの生活の中でいかに不自由な思いをさせないで楽しく過ごさせるか、ということに心を砕いていたように思う。だから公園は貴重だった。転勤族で公園が少ない所に行ってしまった時は途方にくれた程だ。

冬の木陰(?)

冬の木陰(?)

楽しく公園で大遊びして帰る時、いつも思った。子供は近くの公園で遊んでもハワイに行って遊んでも楽しければ同じね、と。決して僻んだり妬んでそう思ったわけではない。身の丈に合った楽しみ方があり、でもどこでもenjoyできるし幸せはどこにでも転がっている、といつも帰り道に実感していた。また子供は楽しんでいる時が一番集中するので、結果集中力を公園で養ったのだな、と後から思った。