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始めての新盆(2)

次の日14日は、早く起きて「父の家」に向かうつもりだった。それが予定の一時間後に起きた。昨日疲れていたからしょうがないか、とあたふたと家に向かった。訪問客がみえる前に庭の雑草取り、仏様の御礼御膳の支度、効かないエアコンの原因がひょっとしてリモコンの電池切れかと持って帰っていたので、その確かめ(念のため、扇風機を東京から送っておいた)来客の準備、と暑い中、ショートしそうなくらいの用事があった。

日本の文化は美しい。ずっと残したい。

家に着くとあっと思った。庭の雑草が綺麗に刈られ、山に積み上げられている。ああ、弥生さんだ、弥生さんがやってくれたんだと思った。この方は私が小さい頃、家事見習いでうちに来ていた方で、私を大変可愛がってくれた。今は蒲郡のお寺の住職の奥様だが「私は何もお手伝いできませんので、草刈くらいしておきます。」と言ってくださったのを、80過ぎた方に、この暑いのにとてもお願いできません、とお断りしておいたのだ。昨日の夕方は迎え火にここに来たが、もう暗くてよくみえなかった。それとも、今日の朝早くしてくださったのか。感謝で一杯になった。

うちに入り、エアコンの不調はリモコンのせいとわかり一安心。エアコンが効かないと、いらした方は暑さで逃げ出すだろう。8時半から来客があり、15日午前中は送り火ということで田原市の菩提寺に行ったが、東京に帰る夕方までお盆の間中、誰かしらいてくださった。寂しい新盆でなくてよかったね、と両親に語りかけた。

仏様の御礼御膳はこの地方では七回朝、昼、夕と品を変え、作らなければならない。それがたった三回しかつくれなかった。それも「お盆時仏様用」レトルト食品を多用。母は特にグルメだった。「『新盆でこれですか!』と怒ってそのうち首になるね。」と親戚の人に言ったら「ここにいて新盆の用意をするのも大変。東京から来てするのはもっと大変。わかってるわよ。」と慰めてくれた。

ここでは、新盆のために特別な大きなお飾りを一対飾る。上に雪洞がついていて、着物の帯のような布が六枚くらい垂れ下がる。大人の背丈より、高い。それに新しい提灯一対。迎え提灯を一つ。菩提寺には亡くなった男性用に長方形の、女性には三角形の布に(今回は買ったが昔は縫った)お米を入れて納める。うちは家族と親戚で七つずつ納めた。そして新盆の家族は菩提寺に8月1日と15日お参りに行くことになっている。うちの菩提寺は田原市にあり、豊橋から1時間半かかる。

新盆のお供養代を持ってきてくださる方達にお配りする品、来客のお菓子、全て東京から送った。しかもこの準備をしている頃の東京、というか日本全部であったが、地獄のような暑さであった。

とにかく終わった。父、母一緒の新盆になったのは、私への両親の気遣いではないだろうか?そしてこういうことは大変な反面、地域の文化や風習を知ったり親戚の方達とお話できる大きなメリットがある。本当に色々な方達に助けられての新盆だった。大変だった半面、楽しんでいる自分もいた。両親は満足してくれただろうか?(食事以外は)