タグ別アーカイブ: 反省

もったいない階段

忙しい毎日を過ごしているので、まとまった運動はなかなかできない。なので心がけていることがある。なるべくエスカレーターやエレベーターは使わず、階段を使うこと。これは運動、と足に言い聞かせ(?)片足ずつしっかり体重をかけて上がったり降りたりしている。降りる方が得意。

今は富士山も落ち着いているようです。

今は富士山も落ち着いているようです。

先日、私は神戸にいた。靴を三宮で買い、新神戸から新幹線に乗る予定だった。新幹線は11時46分発。外反母趾で合う靴を捜してもなかなかみつからないが、さすが神戸、全く痛くない靴がすぐみつかった。嬉しくなって途中でお昼のパンを買ったのがよくなかった。三宮で地下鉄のホームの時計を見ると11時31分。30分に出たばかりで次は38分。どう考えても地下鉄の神戸駅から新幹線のホームまで5分で行かなければ指定席はぱーになる。覚悟を決めて神戸の駅に着いた途端、新幹線のホームに向かって猛ダッシュした。エスカレーターは混んでいたが階段はすいていて、必然的に階段を駆け上がるはめに。ホームに着いた途端、新幹線も到着し、無事乗れることができた。動悸がしばらく収まらず、「心臓さん、ごめんなさい。」という感じだったが、日ごろの訓練の賜物と自己満足した。

ところが、次の日、体が疲れて思うように動けない。「年寄りの冷や水」という言葉が浮かんだ。そしてやっと、今までは切羽詰ってから動き、何とかなってきたのはいいけれど、これからは余裕を持って動くことを肝に銘じなければいけない、とまともな反省をしたのだった。

名古屋での勉強

夜の街

夜の街

或る方の講義を聞きたくて名古屋に行ってきた。聞くたびに身につまされる思いがする。今回は「依存と怠惰」に関するお話が深く心に残った。何かあると自分を反省することなしに、すぐ人のせいにする。これも依存の一種。自分は努力しないで又義務を果たさないで、権利ばかり主張する。これは怠惰。そして依存の結果思うとおりにならないと「恨み」を持つようになり、怠惰の結果は「禍根」となってかえってくる。色々なことに当てはめてみても、成程その通りと思った。勿論私自身、注意しなければいけないこととして聞いた。

そこで「おみくじ」のようなものがあり、一緒に行った叔母がひいた。私は以前それで「可」が出て、友達も「可」だったので「可能の可ね。」と言って喜んでいたら、「それって、優、良、可、不可の可よ。」って指摘されてがっくりきたことがあったけれど、叔母はなんと「優」であった。始めて聞いた「優」だった。「優でも説明はそんなにいいことは書いてないのよ。」と言うので読んでもらったら明らかに勤勉を褒められていて、「もっと楽しく過ごす時間を持つように。」とさえ書かれていた。

70を超えたのに本当に病院や倒れたご主人(私の叔父)、孫のためによく働く叔母で、まさに「勤勉」という言葉がぴったり。娘達がいる東京にもせっせと日帰りで来る。さすが神様は良く見てらっしゃる。「依存」と「怠惰」の中に生きた、と思われないよう、今からでも気持ちを引き締めようと反省した名古屋行きだった。