本当に「守る」ということ

前回は「守ってあげたい」ということについて、かなり辛辣なことを書いたが本当に相手を「守る」というのはどういうことか、今回パリのコンサートホール襲撃で奥様を亡くしたジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさんの「君たちに私の憎しみはあげない」という文から教えていただいた。

一文、一文が心を打つので、まだ読まれていない方はぜひ、検索して読んでほしい。 私がこれまで学んできたスピリチュアリズムの精神が色濃く反映され、また相手を「守る」という本当の意味について考えさせられた。現世的に見ると亡くなってしまったのだから、「守って」あげられなかったということになるかもしれない。でもその意味するところはテロリストの勝利だ。

日本の清らかな水と空気を捧げます。

日本の清らかな水と空気を捧げます。

この方は自分の内にある妻を大事にし、大きな視点で「妻はいつも私たちとともにあり、天国で再び巡り会う」と確信している。この視点がなければ「憎まない」ということはありえないと思う。

E氏から「本当のプライドとは、自分の中の大事な人を守り抜くこと」というのを聞いて、?とぴんとこず私の課題だったけれど、今回のこの文章でプライド、相手を守るということがはどういうことかはっきりわかりました。

犠牲になった方達、その家族、関係者に心から哀悼の意を表します。

合掌

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